はじめに

~はじめに~

簡単な自己紹介とブログを書こうと思ったキッカケ

はじめまして。このブログの執筆者、シンと申します。

1978年生まれの現在41歳。会社員の男です。埼玉県内で妻、子と3人で幸せに暮らしております。

まずは、このブログを書こうと思ったキッカケからお話しします。

それは、

男親として、育児や子供の素晴らしさや役立つ情報を積極的に発信し、サラリーマンとして働きながら育児をしているお父さんを勇気づけ、少しでも助けたいと思ったからです。

そして、お父さんが育児をしやすい日本、お父さんが育児休暇を最低1年は当たり前にとる日本社会にしていきたいと思っています。

生い立ち

私は年の離れた兄、姉のいる末っ子として神奈川県に生まれました。

私の両親はすごく仲が良いという夫婦ではありませんでした。そう、「喧嘩が多い夫婦」でした。

でも、その両親のおかげで何不自由なく育ててもらい、大人にさせてもらいました。

夫婦喧嘩の時は、父の方が強かったので、いつも父が怒り、母が悲しむという構図でした。

父はマスメディアの仕事をしていて、仕事はとても忙しかったようですが、父も母も子供である私たちのことはとても愛してくれました。

ただ、夫婦仲は良くなかったんです。子供心に、「悲しむほうが絶対に可哀想」とどうしても思ってしまうので、理由も聞かずに、一方的に父のことを敵視して、母を守る側に皆回ってしまっていました。

私は、兄や姉と比べて、一番父に反発しました。一番父と喧嘩しました。大喧嘩をしたことも何度もあります。今思うと凄かったなって思っています。でも、お互い手を出したのは1度くらいしか無かったかなと記憶しています。

そういう経験をしてきたからか、夫婦のそういう構図を見てきたからか、私たち兄弟は、

「結婚したくない」

「ましてや子供なんてほしくない」

って思いが芽生えていきました。

実際に、私の兄、姉は結婚していません。おそらく今後も絶対しないでしょう。

でも私は今から6年前の2013年に結婚しました。そして2017年には子供が生まれたんです。

まずはなれそめからお話しさせてください。もう少しお付き合いくださいね。

嫁さんとのなれそめ

私は、最初公務員になりました。それまで彼女も出来たことがなく、全くモテなかった私。ロクに楽しい学生時代、青春時代を送ってこなかった反動で、公務員になってからは我武者羅になりました。

どう我武者羅になったかというと、彼女が欲しくて飲み会を開きまくりました。いわゆる、「合コン」ですね。「合コン」というと聞こえは悪いですが、今の時代は昔より悪いイメージは少なくなってきている気がします。「王様ゲーム!」なんてもう古いですよね。もちろん、私はそんなことはやっていません。健全な飲み会です。

私の職場は男性が圧倒的に多い職場だったので、独身で彼女が欲しい男性が沢山いたんです。

そこで、なんとか合コンを開きたいと思ったんです。

最初はどういうツテだったのか正直覚えていません。

でも、一度開いて終わりではなく、そこから枝葉のようにどんどん人脈を広げていったんです。

つまり、たとえその時に参加した女性メンバーが気に入らなくても、全員と連絡先を交換して、どんどん別の女の子を紹介してもらって、別の合コンをお願いしていったんです。

そうして出会ったのが今の嫁さんです。

 

ここまでいくまで、簡単なようで本当に一筋縄ではいかなかったです。

もちろん、私自身に魅力が足りなかったのもあるでしょう。

魅力ある男性ならもっと簡単に彼女も出来たはずです。

まあ、いわゆる、「下手な鉄砲数うちゃ当たる作戦」ですね。

とにかく開きまくりました。冗談抜きで50回は開催したと思います。

しかも、そのほとんどが幹事でした。

幹事なんて自分がまさかやるとは思いませんでしたし、最初は慣れなくて緊張したものでした。

でも、次第に人間というのは慣れていくもので、そんなに緊張しなくなりました。

数々の合コンの中で、気に入った子も何人もいました。

その頃はLINEなんてものは無く、ガラケーの時代なので、基本的にメールでやり取りといった時代です。

メールも返ってこない人、二人で会おうと誘ってもNGな子、一度デートしたけどそれっきりだった子。何度ダメになったことでしょう。

でも、私は諦めませんでした。というか、半ばもう飲み会を楽しんでいた自分がいました。


だって、自分の業界ではない色々な業界の人と、いろいろな話をする。楽しくないですか?

もちろん、合コンですから下心が無いと言えば嘘になります。

(でも、誤解を招かないように言いますと、私は全くチャラチャラなんてしていませんからね!いたって真面目な男子です。お持ち帰りなんて一度もしたこともありませんし、できません。(^^;)


気に入った子が居れば、「かわいい子だな」「アタックしてみようかな」と思いながら話すのが男の性。

そして、もう合コンを数十回開催したときに今の嫁さんと出会いました。

一目見て、「あ、タイプだな」って思いました。そして話してみて性格も合いそうでした。


実はもう一人、「かわいいな」って思った子がいたんですが、迷って今の嫁さんにアタックしました。

 

必然的に、両方にはアタックできません。そうすると、おそらく女性陣の間で伝わり、
両方ともダメになるからです。もう一人は諦めて、今の嫁さんにアプローチすることに決めました。

 

合コンが終わって、その夜にメールをしました。細かいことは覚えていませんが、沢山合コンを開いてメールのやり取りもしてきた私なので、「あ、感触がいいな」っていうのは分かりました。

 

そして、2人でのデートにも快諾してくれて、最初のデートはどこに行ったのかあまり覚えていません。確か、水族館だったかと思います。

そしてもちろん、1回目のデートの時にはいきなり「付き合ってください」なんて言いません。


告白したのは確か2回目のデートの最後の飲み屋でした。

2回目のデートに行く前に、プレゼントを準備しました。小物が入るぬいぐるみで、象・豚・熊がセットになったものです。


そこに手紙を入れました。でも、手紙で告白するわけではありません。男というもの、もちろん、直接言いました。

 

「付き合ってくれませんか」と。

 

すると、最初は一瞬驚いたようでしたが、快くOKしてくれました。それは確か新橋かどこかだったと思います。なぜサラリーマンの街、新橋にしたのか正直覚えていません。

そして、その帰りが鮮明に覚えていますし、思い出深かったです。
手を繋いで駅まで歩いて帰ったんです。あの思い出は忘れられませんね。

さて、なれそめが随分と長くなってしまいました。
次に結婚後の話に移ります。

結婚後の生活


結婚したばかりの時は、小さな1DKくらいの団地住まいでした。
でも別に不満はそれほどありませんでした。
敢えて言うなら、世の中で一番嫌いな言葉にも出したくないあの黒い害虫が夏は結構出たというぐらいですかね。
とても古い建物だったのでその辺は嫌でしたね。

そして、最初のほうに話したとおり、結婚願望が無かった私。結婚願望が無かったので当然のごとく子供願望もなかった私。


でも、いざ結婚してみると子供が欲しくなりました。

だって、女性が経験できるあまりにも素晴らしいことなのに、自分という人間の
一度きりの人生、子供が居ない人生なんて勿体ない!って私は思い始めました。

それに、結婚して子供ができると、自分の時間が無くなるっていう話を聞きますが、
その頃すでに35歳だった私と妻。もう十分に、一人の時間は楽しんだだろうっていう思いもありました。


そして、いつからか、子作りを始めます。

 

子作りでの苦労

子作りはそう簡単にはいきませんでした。勉強不足の自分は、子作りはその行為をすれば簡単にできるだろうぐらいに思っていました。


でもそう簡単にはいきませんでした。嫁さんが生理が規則的にくるタイプではなかったので、それもほんのちょっと苦労しました。

最初は、行為をしては妊娠検査薬を使って、という日々。
そして、晴れて検査薬で陽性が出たのが2回ほどありました。

ところが、ショッキングなことが起きてしまいました。


原因不明の1度目の流産、そして2度目は安定期ぐらいまで進んだのにもかかわらず流産。
私は旅行先で喧嘩をして、妻にストレスを溜めさせてしまったことが原因だと思っております

もっと労わってあげなければいけないのに、本当に自分はダメだなと思いました。

年齢のこともあり、もっとしっかり子作りについて考えなければと思い、産婦人科に相談しました。

不妊治療の開始

そして私たち夫婦は不妊治療を開始することになりました。

と言っても、不妊治療にも色々と段階があるのをご存じでしょうか。

妻は診断してもらい、子供が出来にくいわけではないとのことで、タイミング療法というのを勧められました。

それは、薬などを飲んだり、注射を打ったりして、排卵を促したりすることにより、

「この日に子作りをするのがベスト、この日にできなかった場合はこの日の周辺でしましょう」

という指示がもらえます。

それを私たちは実践し、一回目でなんと今の愛娘を妊娠・出産できました。

実際に子供が出来てから

再度申し上げますが、私は結婚願望はもちろん、子供が欲しいという願望も元々ありませんでした。

でも、せっかく好きになった人と結婚したのに、子供が居ないのは寂しいし勿体ないし、
老後も寂しいのではという思いが芽生えました。

そして、自分という人間は、

「人生で経験したことのない経験をどれだけ減らせるか」

をポリシーの一つとして生きています。

ですので、自分という人間の一度きりの人生の中で、奇跡的な経験の一つである
「子育て」という経験をしないのは、人生損をしているような気がしてきたのです。

さて、実際に子供が出来てからは、それはそれは生活が一変しました。
子供のいる先輩方が言っていることと重複する部分もあるのですが
他にも何点かあるので、以下に記載させていただきます。


1、「時間」というものの大切さを強く実感するようになる


子供の世話をしなければならないので、自分の時間というのは間違いなく減ります。
でも、だからこそ、「時間の大切さ」というものをものすごく意識するようになりました。
だからこそ、意識的に時間を作って、それを自分の時間に充てるという行動をするようになりました。
意識が変われば行動が変わる、行動が変われば習慣が変わります。


2、時間があっという間に過ぎていく


1に関連していることだと思うんですが、1日1日があっという間に過ぎていきます。
大変ですが幸せで、これこそまさにやりがいのある、生きがいのある人生だなあと身をもって体感しています。

もっとも、時間については、年を取ればとるほど、時間は短く感じるようになるというのは結構有名な話でして、
それも関与していることは間違いないと思いますが。

ちなみに、その年を取れば取るほど時間を短く感じるというのは、

「ジャネーの法則」と言われています。

ジャネーの法則とは、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87

1と2が相まって、本当に時間が大切で大切で仕方なくなりました。
極端な話、お金なんて時間に比べたらどうでもよくなりました。
(もちろん、生きる上で、養う上で多いに越したことはないですが)


3、子供と一緒に親が成長するというのは本当


これは私自身がまだ彼女すら居ない時に、すでに結婚して子供のいる友人から言われたことなのですが、
それを身をもって痛感しています。

私は当時、

「子供が出来たとしても、自分自身が子供だから子供を育てていく自信なんて無いから無理だなあ」

と思っており、友人にもそう話していました。

しかし友人は一括、

「子供と一緒に成長するんだよ!」

・・・私は当時、内心、「そんなことないだろう」と思っていました。

でも、実際にそれから十年ほど経ち、私にも子供が出来てからはそれが凄く良く分かるんです。

子供は本当に純粋です。素直です。無垢です。天使です。可愛すぎます。
でも、言うことを聞かなかったり、泣いたり、親として自分の思い通りにならなかったり、
自分の言うことを子供が聞いてくれなかったりってことは当たり前のようにあります。

そこで、腹を立てたり、ストレスが溜まったりすることももちろんあります。
でも、そのたびに反省するんです。

「自分はまだまだ未熟な人間だなあ」
「もっと子供にしてあげられることはあるはずだ」
「もっと子育てを勉強しよう」
「もっとたくさん子育ての本を読まなきゃ」
「もっと子供に良い大人像を見せなきゃ」
「自分から積極的に挨拶しなきゃ」


などなど、多くのことを心から思い、反省するんです。


子供は何の罪もありません。長年生きてきて、
いろんな垢が付いてしまっている大人が、純粋無垢な子供を見習わなければならないというのは本当です。

もちろん、ストレスが溜まらないと言えば嘘になります。でもそれ以上に幸せのほうが格段に大きいのは間違いありません。
本当に子供のため=相手のために尽くして、

 

4、今後の人生に対する意識が大きく変化


私の人生に対する考え方が大きく大きく変わりました。

究極的には、

「サラリーマン生活を辞めることを決意しました」

私は、50歳までに、ネット事業で今のサラリーマン生活より格段に多く稼ぐようになり、早期退職するという目標を決めました。
「そう思ったらそう」本気でそう思い続けたら人生はそうなります。できるものなのです。


事の発端は、

「こんなに素晴らしすぎる子供がいるのに、なぜ自分は満員電車になんか乗って、
長時間会社に拘束されて、子供に合う時間が少なくなければいけないんだろう。人生損してる。」

って思ったことがきっかけです。

それがきっかけで、上記のことなども相まって、時間をとにかく意識するようになり、
サラリーマン生活というのが非常に勿体なく、無意味に思えてきたんです。

なので、出世というものにはもともとそんなに興味がなかったんですが、
正直全く無くなりました。

そして、有給休暇や特別休暇は全部消化することに決めました。

私は、法律の知識が豊富です。法務に関しては職務経験も豊富です。
何か言われたら法律の知識を持って会社と戦うことは何ら抵抗感は持っていません。
来るなら来やがれぐらいに思っています。

そして、自分がそのようになったので、ネットで色々勉強をするのはもちろんなのですが、

日本というのはどれだけ有給休暇を使わないでドブに捨てている人が多いことか、
どれだけ育児が出来ずに会社に束縛されているお父さんが多いことか、
どれだけ時間を無駄にしている人が多いことか、
どれだけ成長しようとしない人が多いことか、


など多くのことが分かってきました。


私は、ブログをまずは本格的に始めることに決めました。
このブログ以前にも、3つブログを始めています。
ただ、まだまだ自慢できるものではなく、1つについては毎日更新7ヶ月を経過していますが、
他の2つについては、まだまだ未完成で、手つかずの部分が多々あります。

専業でネットで稼いでいくためには、もっと多くのことを勉強しなければなりませんし、
修業が圧倒的に足りません。まだまだ私の努力は続きます。

 

このブログを始めようと思ったわけ

 

以上のように、子供が出来てから考えが大きく変わった私。

そして、強く思ったのは、

「お父さんが行う育児というものに関し、もっと良い日本にしていきたい」
「育児中のお父さん達と情報共有し、役に立つ情報を発信していきたい」
「自分が人柱になって、育児ということに関し、会社と戦っていきたい」

ということ。


来編度からは、手始めとして国家公務員の男性の育児休暇が義務化されます。

これを皮切りに、男性が育児に参加することが間違いなくどんどん増えていきます。

そのためにも、もっともっと積極的に育児中であり父である私がどんどんと
世の育児中のお父さんのために、役立つ情報を発信して、その輪を広げていきたいと思いました。


私のブログのカテゴリーとしては、下記のように大きく2本の柱で構成します。

 

  • 1本目の柱・・・育児
  • 2本目の柱・・・育休

 

1本目の柱については、育児に関して様々な世の中のニュースや最新情報はもちろん、
お得な情報なども含めて発信していきます。そして、私の経験からお伝えしたいことも
積極的に包み隠さず発信していきます。育児日記的なものが中心になるかもしれません。

2本目の柱は育休についてです。これは男性が取りづらいと言われている育休について、
私が取得を決意したところから、取得までの道のりについてリアルに記載していきます。


少しでも、あなたのお役に立てるよう、継続して発信していきます。


何卒宜しくお願い致します。

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